【記憶のかけらQUEST】シリーズ説明
『記憶のかけらQUEST』は、人生のささやかな思い出や、誰もが胸の中にしまっている“あの瞬間”を、エッセイや小さな物語として掘り起こすシリーズです。フィクションとノンフィクションを織り込んで――懐かしさ、共感、そして小さな発見をシェアする場所。それぞれが持つ“記憶のかけら”を旅することで、新しい自分や誰かの人生の一部に出会えるかもしれません。
日々の中でふとよみがえる記憶、忘れかけていた感情、大人になった今だからこそ見えてくる“心の宝物”。記憶の断片を、物語として再体験してみませんか?
番長の突然の決断 ― グループ離脱の理由
番長が「抜けたい」と言い出したのは、何の前触れもないある日の午後だった。
僕らはいつものように集まり、軽く情報共有をしていただけだったのに、彼は唐突に口を開いた。
「……やっぱ俺、前みたいに平台打ってる方が性に合っとるみたいや」
番長らしい、飾り気のない言葉だった。
あの豪気で、常に先頭に立っていた番長が、自分からチームを離れると告げてくるなんて。
「なんで?」と訊ねる僕に、番長は白い煙を吐き出しながら答える。
「パチンコ常連の連中と話してる方が楽しかったんや。あの人らとくだらんことで笑い合うのが、俺には合っとる。正直、いろいろ考えながら動くのは、どうも性に合わんな」
彼の目には後悔も迷いもなかった。
僕自身、例の件――朋さんにまつわる事件――でしばらく無茶をする気が失せていたから、止める理由はなかった。
僕はこの件を佐治くんたちに報告し、了承を得た。仲間が減ることへの多少の寂しさはあるものの、「番長らしい選択だ」と皆が妙に納得していた。

学校での再会と繁華街への道すがら
翌朝、登校の出欠だけ済ませるために学校へ顔を出すと、番長が待っていた。
「久しぶりのビッグシューターはやっぱええぞ!」
そう言ってショートホープをくわえ、満足気に笑っている。
彼が戻って行った場所――ビッグシューターの前――は、まるで彼を待っていたかのように馴染んでいたらしい。
常連さんたちの近況もちらほら聞かせてもらえた。懐かしい顔ぶれ、相変わらずの茶飲み話。そして、朋さんも元気にしているとのこと。
「朋さんが、お前のことずいぶん心配しとったぞ」
繁華街へ向かう途中、番長がふと漏らした。
「とにかく、一回ぐらい顔出したらどうや? あの姐さん、めっちゃ気にかけとるで」
僕は曖昧に笑い、返事をしなかった。妙に胸がざわついたからだ。
バイト先に現れた懐かしい常連たち

その日の夜、バイトの店――ガールズBAR(仮名)――は落ち着いていた。
月曜ということもあり、客入りは少ない。今日は真奈美ちゃんが休みで、代わりに店長がカウンターに立って応援してくれている。
「今日は暇そうですね」
僕が声をかけると、店長はグラスを拭きながら「まあ、こういう日もあるよ」と肩をすくめて笑った。
そう話していると、店のドアのベルが軽やかに鳴った。
――『カランコロン♪』
不意に懐かしい空気が流れ込んでくる。
ぞろぞろと入ってきたのは、どこかで見覚えのある顔ばかり。そうだ、常連さんたちだ。パチンコ屋でいつも番長や僕と話していた面々。
その最後尾に、ゆっくりと入ってきた女性の姿を見て、僕の心臓は大きく跳ねた。
朋さん。
まさかここで再会するとは思ってもみなかった。しかも、僕が働くこの店に現れるなんて。
「久しぶりですね」
思わず口をついて出た言葉は、至極ありきたりなものだった。
「いっちょん顔出さんけん、来てみたったい」
常連のおじさんが笑う。
「いやあ、ちょっと仕事とかで忙しくて……そのうち顔出しますよ」
軽く受け答えしながらも、視線は朋さんへと何度も吸い寄せられる。彼女は口数少なく、にこやかに笑うだけで、僕と目を合わせようとはしなかった。

朋さんとの再会 ― 誤解と仲直り
そのまま軽い雑談を経て、常連たちは帰り支度を始める。
「じゃあ、また待っとっけんね」
常連さんが声をかける。朋さんも立ち上がったが、常連の一人が僕に耳打ちする。
「朋ちゃんが相談したいっち言いよるけど、よかやろ?」
胸がざわつく。過去のわだかまりが再会の予感に絡みつく。
空気を読んだ店長が、さっと声をかけてきた。
「店はええけん、あっちの個室ででも話してきな」
僕は軽く頭を下げ、朋さんを促した。
「朋さん、久しぶりですね。元気してましたか?」
恐る恐る口を開くと、朋さんは少し苦笑し、「うん……」とだけ頷いた。
そして、言葉を選ぶように口を開いた。
「あの時は、本当にごめんね」
僕の心臓が再び跳ねる。あの時――売春云々という、あの衝撃的な言葉。
朋さんは静かに続けた。
「実はね、あれ、本気じゃなかったの。年下のコーくんを、ちょっとからかってやろうと思っただけやった。でも、やり過ぎた。ごめん」
「……何すかそれ」
思わず口に出た僕の声は震えていた。
蘇る感情は、驚きと怒りと、そして安心の入り混じった複雑なもの。
しかし結局は僕が勘違いした面もあった。朋さんは悪ふざけを悔やみ、僕はそれを受け入れる。
僕らは仲直りした。

離婚の告白と新たな相談
そして、朋さんはゆっくりと話を続けた。
「実はね……離婚したんよ」
僕は黙って続きを待った。
「旦那の貯金に手を出して、パチンコ行っとったのがばれて。もう修復できんって言われて……」
彼女の告白は淡々としていたが、その裏にある痛みは容易に感じ取れた。
「それでね……ここ、コーくんが店長しとるんやろ? もしよかったら、働かせてくれんかな」
朋さんの瞳は真剣だった。
僕は一瞬、言葉を失った。朋さんほどのルックスなら問題ない。しかしいきなり踏み込むのも気がかりだった。
店長の機転と「新しい縁」
そのとき、カウンターの方で店長が手招きをしてきた。
小声で耳打ちされる。
「社長からだ。朋さんは採用。お前のとこで面倒見ろってさ」
どうやら話を聞き耳立てて聞いていて、すでに報告済みらしい。
「コーくんの知り合いで、めっちゃいい子が働きたいって言ってる」――みたいな事をいったらしいが断る理由はなかった。
僕は苦笑しながらも、心のどこかで「これも縁なのかもしれない」と思った。
朋さんとの確執は、不意の再会と小さな誠実さによって解きほぐされた。
そして今度は、新たな関係が始まろうとしている。
――青春は、まだまだフルスロットルのままだ。
ーー【第11話に続く】


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