【記憶のかけらQUEST】シリーズ説明
『記憶のかけらQUEST』は、人生のささやかな思い出や、誰もが胸の中にしまっている“あの瞬間”を、エッセイや小さな物語として掘り起こすシリーズです。フィクションとノンフィクションを織り込んで――懐かしさ、共感、そして小さな発見をシェアする場所。それぞれが持つ“記憶のかけら”を旅することで、新しい自分や誰かの人生の一部に出会えるかもしれません。
日々の中でふとよみがえる記憶、忘れかけていた感情、大人になった今だからこそ見えてくる“心の宝物”。記憶の断片を、物語として再体験してみませんか?
普通じゃない「ふたりの距離」
付き合い始めて半年が過ぎたけれど、由紀ちゃんといわゆる「デート」というものをほとんどしていなかった。周囲はみな「彼女ができたら、まずはデート!彼女第一!」なんて言う。だけど、パチンコ、パチスロ、バーでのバイト……日々の予定表に恋愛が割り込む余地は、実はそう多くない。
自分でもたまに考える。「どっちが大事なのか?」――しかしこの問いは、僕にはしっくりこない。僕がいつも基準にするのは「ワクワクするかどうか」だけ。
大事なのは”何を選ぶか”よりも、”迷ったら自分がワクワクする方を選ぶ”という一点のみ。男女問わず相談されれば、必ず訊き返す。「どっちがワクワクする?」って。細かいことで悩む時間なんて、人生にはもったいない。結局どんな選択をしても、自分の人生は自分しか決められないんだから。
由紀ちゃんとの関係だってそう。束縛とか、「もっと一緒にいたい」とか、そういう執着心は、正直なところあまりない。彼女が好きなのは事実だけど、僕の中では「一緒にいるべき」とか「彼女だからこうしなきゃ」といった義務感は限りなく薄かった。「都合のいい女」と言われればそれまでだけど、少なくとも”素のまま”でいられた。去りたいならいつでも離れていいし、本当に好きでいてくれるならずっと続く。――それだけだ。
ワクワク第一主義、“初”のふたり旅計画

けして由紀ちゃんがワクワクしない訳じゃない。むしろ、由紀ちゃんとの時間だって「最高の瞬間」にしたいと思った。
だからこそ、「何か思い切り彼女を喜ばせたい」。そんな気持ちがふつふつと湧いてきた。ちょうど夏休みが近づいていたある夜、僕は思い立った。「サプライズ旅行を計画しよう」。
正直、女の子とふたりきりで旅行するのは人生初。それどころか、そもそも旅行そのものが初体験に近かった。雑誌で観光名所を調べ、こっそりバイトを休む日程を調整した。行き先は長崎の伊王島。まだ観光地としても染まりきっていない、静かな島。今思えばSNSどころか携帯もない時代の”秘密の島旅”だ。
ドキドキの出発 -愛車のプレリュードで
旅行当日。愛車のプレリュードを洗車し、朝早くに由紀ちゃんの家へ。
「初めてだね、ふたりきりの遠出…」
「うん、なんかドキドキする」
お互い妙にぎこちない。けれど、車が動き出してしまえば、自然と笑顔が溢れてくる。
高速道路を飛ばし、長崎市内の駐車場に車を預け、港からフェリーに乗り継ぐ。(現在は伊王島大橋が開通している)汽笛の音、波のきらめき――非日常が、ふたりをどこまでも遠ざけていく。
伊王島でははじめてのコテージ宿泊。ベッドメイクの仕方すら知らない僕たち。荷物を投げ出して島内を散策し、海辺でジャンプし合い、「写ルンです」でお互いパシャパシャ撮り合った。
とにかく全部、初めて尽くし。それがすべて”ワクワク”を大きくしていった。



ふたりだけの2泊3日
ここではラブラブ旅行記は詳しく語らない。「大好き!」――由紀ちゃんは、これでもかというくらい何度もそう言ってくれた。肩がくすぐったかった。普段デートらしいことをできていない後ろめたさも、少しは埋め合わせできたのだろうか。
最終日に海沿いで撮った写真、由紀ちゃんのはにかんだ笑顔。写ルンです3台分、フィルムはあっという間に終わった。



日常への帰還 -お土産といつものバイト
あっという間の2泊3日が過ぎ、長崎港から再びプレリュードで帰路につく。家に着いた瞬間、現実が戻ってくる。
夕方からはバイト。写ルンですのフィルム3本を写真店で現像&プリント依頼し、お土産を抱えて出勤。
店に着くと真奈美ちゃんが「いいな~~、私も彼氏ほしいな~~」「店長、マジで紹介して!!」と騒いでいる。おれは苦笑いしつつ、みんなにお土産を渡す。キャメルをゆっくり吸い込むと、日常の空気が身体中に広がっていった。
日常の「ワクワク」を大切に
しばらくすると、常連の佐治君、宮本さん、勝也さんの3人がやってきた。
「うぃ~~す!!」と勢いよくいつもの挨拶。
「どうだったね、伊王島は?」
「〇りまくったん?(笑)」
からかう3人に、思わず「そういう言い方やめてくださいよ~~」と答えつつ、みんないつものように酒をあおり、日常に戻っていく。
「疲れただろうけど、また明日から頼むわ」
「わかりました。全然大丈夫です。」
「お土産ありがと、そいじゃ、また明日!」
賑やかだった店内も気づけば静かになり、夏休みとはいえパチスロの誘惑も休んではくれない。
“ワクワク”こそが、僕の生き方

青春の真ん中。その一瞬一瞬、迷ったときは「ワクワクする方」を選んできた。
反感を買うこともあるだろう。でも、これが僕の生き方。その人の人生は、その人が主役。誰かと比べなくていい。正解なんて、最初から誰にもわからない。ただ自分の心が踊る方を選び抜けばいい。
そして――今日も僕は、キャメルを指先で弾きながら、明日はどんな”ワクワク”を選ぼうかと思い巡らせている。
写ルンですの写真が仕上がる頃、またひとつ大切な思い出のかけらが、僕の心に増えていることだろう。
「ワクワク」に流される生き方の危うさと、その先に見つけた“大切な何か”
旅行を終え、日常に戻った瞬間――心にふとした“気づき”が生まれた。
これまでは「ワクワクする方」に迷わず飛び込むことが、僕の武器であり、個性だと信じて疑わなかった。選択に迷う暇などもったいない。けれど、由紀ちゃんと過ごした2泊3日の伊王島で、次第に心にちらつきはじめたのは、“誰かの期待にきちんと応える”ことの意味だった。
由紀ちゃんは、素直な気持ちで「大好き」と繰り返し言ってくれた。思い返せば普段から、僕は自分が「ワクワク」することだけを選び、人への配慮や相手の期待には本気で向き合っていなかったかもしれない。
確かに、何かを背負うことがストレスになり、自由に生きる気楽さは捨てがたい。だけど“自分のワクワク”にばかり偏ると、取りこぼしてしまう大事な“誰かのワクワク”も、きっとこの世界にはあるのだ。
「自分の“ワクワク”」と「相手のワクワク」の両立

伊王島の思い出写真を見ながら、ふと気づく。「自分の幸せだけを追いかけることと、大切な人の幸せも一緒に願うこと、両方が重なった瞬間こそが、本当のワクワクなんじゃないか?」と。
ワクワクだけを求めてきた身軽な日々。その中で、少しずつ人とのつながりや責任、小さな配慮の温かさを感じ始めるようになった。「自分がどう生きるか」だけでなく、「誰かとどう生きるか」にもワクワクできる――そんな未来に、ようやく憧れを持ち始めたのかもしれない。
次の一歩は「誰かと分かち合うワクワク」を選ぶ
これからは、一人で突っ走るワクワクだけでなく、隣にいる人のワクワクや幸せを大切にする。
自分勝手なようで、それを許してくれていた彼女や仲間たちの存在に、やっと気づけた気がする。
今度は、そんな誰かの想いにきちんと応えながら――それでもやっぱり「ワクワク」を基準に、新しい選択を重ねていきたい。
人生は「誰かと分かち合うワクワク」の積み重ねかもしれない。
その気づきを胸に、今日もまた自分なりの“最高の瞬間”を、ひとつずつ増やしていこうと思う。
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