空き家を持つ人が抱えやすい悩み
空き家管理のことを調べていると、「空き家そのもの」よりも、「それを持っている人の悩み」の方が、実はずっと複雑だと感じます。家の状態だけを見れば、「売る」「貸す」「解体する」といった選択肢は並びますが、そこにたどり着くまでの気持ちや事情は、人によって本当にさまざまです。
よく挙げられているのは、次のような悩みです。
- 実家が空き家になったものの、売るのか貸すのか、このまましばらく置いておくのか、方針が決められない。
- 税金や管理の手間、防犯、近所への迷惑など、「気になること」が多すぎて、何から手をつければいいか分からない。
- 空き家が今住んでいる場所から遠く、頻繁には通えない。それでも「放っておくのは良くない」と分かっているので、心のどこかにずっと引っかかっている。
- 親や家族の思い出が強く、「簡単に手放したくない」という気持ちと、「このままではいけない」という現実の間で揺れている。
こうした悩みがいくつか重なった結果、「何とかしたいけれど、具体的な一歩が踏み出せない」という状態が、長く続いてしまうことも少なくありません。
自分がイメージしている「メインの相談者」
自分が空き家管理の仕事を考えるとき、いちばんイメージしているのは、だいたいこんな方です。
- 年齢は50代前後から60代くらい
- 本人は都市部や別の県に住んでいて、実家は地方にある
- 親は高齢か、すでに施設に入っている、あるいは亡くなっている
- 仕事はまだ続けていて、忙しくても月に一度くらいは実家のことが頭をよぎる
帰省のたびに、庭の草の伸び方や、家の傷みが少しずつ進んでいるのを感じる。「いずれは何とかしないと」と思いながら、仕事や自分の家庭のことで毎日が過ぎていく。気づけば、「空き家になってからの期間」が、少しずつ長くなっている――そんなイメージです。
自分自身も50代ということもあって、この世代が抱えやすい迷いや後回しにしがちな気持ちは、何となく分かるつもりでいます。だからこそ、この層に向けた空き家管理を、自分の等身大の仕事として続けていけたらと思っています。
空き家管理でお手伝いできること
とはいえ、自分ができることは、決して大きなことではありません。「空き家の問題をすべて解決します」といった話でもなく、その手前にある「日々の管理」と「状況の見える化」をお手伝いする立場だと考えています。
たとえば、こんな役割です。
- 遠方に住んでいて頻繁に通えない方の代わりに、月1回、家の様子を見に行くこと。
- ポストや玄関まわり、外壁や庭、室内の換気や通水など、最低限のチェックを欠かさず行うこと。
- その結果を、写真と短い文章で分かりやすくまとめ、「今の状態」が目に浮かぶようにお伝えすること。
空き家の所有者向けの調査では、「自分または同居家族で管理している」という人がまだ多い一方で、「遠方で大変」「時間がない」という声もよく挙がっています。自分の空き家管理は、その「自分たちだけで抱えるのは正直大変になってきた」という方に、そっと加わるイメージです。
「今はまだ売る決断はできないけれど、せめて家の状態だけは保っておきたい」。そんな気持ちに対して、月1回の見回りと報告という形で、少しだけ肩の荷を軽くするお手伝いができればと考えています。
ここから先は、空き家のことを「実際のサービスとしてどう形にしているか」の話になります。
熊本で試している空き家見守りプロジェクトを、KAURU(カウル)というサービスとしてまとめました。
サービス内容や料金の話も出てきますが、興味のある方だけのぞいてみてください。
逆に、自分一人では抱え込まないと決めていること
一方で、自分一人で何でもしようとは思っていません。空き家の問題は、「不動産」と「相続」と「介護」など、複数の要素が絡み合うことが多く、ひとりの人間だけで解決できるものではないと感じています。
たとえば、次のようなことは、自分の役割の外側にあると考えています。
- 相続の手続きや名義変更、相続人どうしの調整などの法律・税金に関わる話
- 売却や賃貸、リフォーム・建て替えといった、大きな資金が動く判断や契約ごと
- 介護や見守りサービスの具体的な内容・費用の相談など、福祉分野の専門的な話
これらは、それぞれに専門家や相談窓口があります。自分の空き家管理の役割は、そうした「次の相談先」に向かう前の段階で、家の状態を把握しておくこと、持ち主の方が現実を直視しやすくすることだと思っています。
「ここから先は、こういうところに相談した方が良さそうですね」といった一言を、自然に添えられる存在になれたらいいなと考えています。
おわりに ― 同じ世代の誰かへ
自分と同じ世代の人たちは、仕事のこと、自分の健康のこと、子どもや孫のことに加えて、「実家や空き家のこと」も少しずつ気になり始める時期だと思います。頭のどこかで分かっていながら、「また今度ゆっくり考えよう」と思っているうちに、数年が経ってしまうことも少なくありません。
自分がやろうとしている空き家管理は、大きな決断を促すものではありません。その一歩手前で、「家の状態だけは、これくらいのペースで見ておきましょうか」と提案する仕事です。
この連載を読んで、「自分の状況に近いかもしれない」と感じる方がいれば、まずは家のことを誰かと一緒に話題にしてみるきっかけにしてもらえたらうれしく思います。自分も同じ世代の一人として、その横で静かに空き家を見守っていこうと思っています。
空き家管理Q&A:持ち主の気持ちに寄り添いながら考えるために
Q1. 空き家のことを考えると、なぜこんなにも気が重くなるのでしょうか?
A. 空き家の悩みは、建物の管理だけにとどまらず、その家で過ごしてきた家族の時間や思い出と深く結びついていることが多いからです。単純に古くなった家をどうするかという話ではなく、親の老い、家族の変化、自分自身のこれからまで重なって見えてくるため、気持ちが重くなるのはごく自然なことです。すぐに言葉にできない複雑さを抱えている人ほど、心の中ではずっとその家のことを手放さずに考え続けているのだと思います。
Q2. 売るのか、貸すのか、そのままにしておくのか決められないのはおかしいですか?
A. 決められないことは、決しておかしなことではありません。空き家に関する判断は、金銭面や利便性だけで割り切れるものではなく、家族への思い、地域とのつながり、自分の気持ちの整理具合など、目に見えない要素がたくさん含まれています。そのため、すぐに結論が出ないのはむしろ自然な反応だと思います。迷っている時間そのものに意味があり、その人なりに大切なものを見失わないようにしている過程とも言えるのではないでしょうか。
Q3. 遠方にある実家が空き家になっていて、いつも心のどこかで引っかかっています。
A. 遠くにある空き家は、目の前にないからこそ、かえって気持ちの中に残り続けることがあります。近くにあれば様子を見て少し安心できることでも、距離があると「今どうなっているのだろう」という不確かさが続き、不安や気がかりが消えにくくなります。日々の暮らしの中では仕事や家庭のことが優先される一方で、ふとした瞬間に実家の庭や玄関の様子を思い出す。その感覚は、多くの人が抱えている静かな重荷のひとつなのだと思います。
Q4. 空き家をそのままにしていることに、後ろめたさを感じてしまいます。
A. その後ろめたさは、無関心だからではなく、本当は気にかけているからこそ生まれる感情だと思います。空き家のことを気にしていない人は、そもそも胸の奥に引っかかりを持ち続けません。けれど実際には、仕事や家族、自分の生活を抱えながら、すべてに十分な時間を割くことは簡単ではありません。思うように動けない現実と、気にしている自分との間で揺れるからこそ、後ろめたさが残るのでしょう。その気持ちには、責任感や誠実さがにじんでいるように感じます。
Q5. 親との思い出が強くて、家を手放すことを考えるだけでつらくなります。
A. 家には、壁や柱以上のものが残っています。食卓を囲んだ記憶や、親の声、季節ごとの風景など、暮らしの時間そのものが重なっているため、手放すことが単なる不動産の処分のようには感じられないのだと思います。だからこそ、気持ちがつらくなるのは自然なことです。理屈では整理できても、感情までは同じ速さで動きません。思い出が深い家ほど、その重みを抱えたまま揺れる時間が長くなるのは、ごく当たり前のことではないでしょうか。
Q6. 気になることが多すぎて、何から考えればいいのか分からなくなります。
A. 空き家の問題は、ひとつの悩みに見えて、実際にはいくつもの心配ごとが重なっています。税金、草木の管理、防犯、近隣への影響、建物の傷み、家族の意向など、それぞれが別の方向から気持ちを引っ張るため、考えようとするほど頭の中が散らかってしまいやすいのです。その結果、何も進んでいないように感じてしまうこともありますが、複雑だからこそ立ち止まってしまうのであって、気持ちが弱いわけではありません。整理しづらさそのものが、この問題の本質のひとつなのだと思います。
Q7. まだ大きなトラブルはないのに、不安だけがじわじわ続いています。
A. 空き家にまつわる不安は、目に見える問題が起きたときだけ生まれるものではありません。むしろ、何も起きていない今のうちから、少しずつ心の中にたまっていくことのほうが多いように思います。「今はまだ大丈夫かもしれない」と感じながらも、「でもこのままでいいのだろうか」という感覚が消えない。その曖昧な不安は、将来への見通しが立たないことから来る部分も大きく、はっきりした困りごとになる前から人の気持ちをじわじわと重くしていくものなのだと思います。
Q8. 空き家の管理を人に頼ることに、少し抵抗があります。
A. 長く家族が守ってきた家だからこそ、他人が関わることにためらいを感じるのは自然なことです。特に実家には、建物そのもの以上に、家族の歴史や個人的な感情が重なっているため、単なる外部委託とは違う感覚があるのだと思います。けれど一方で、自分や家族だけで抱え続けることが少しずつ負担になっている人も少なくありません。頼ることへの抵抗と、抱えきれなさのあいだで揺れる気持ちは、とても人間らしく、無理のない感情の動きだと感じます。
Q9. 空き家のことを家族で話そうとすると、気まずい空気になることがあります。
A. 空き家の話には、お金のこと、相続のこと、親への思い、きょうだいそれぞれの立場など、感情が動きやすい要素が多く含まれています。そのため、ただ現実的な話をしているつもりでも、受け取る側には責められているように感じられたり、まだ向き合いたくない話題として重く響いたりすることがあります。家そのものの問題よりも、そこに結びついた家族関係のほうが繊細で複雑な場合も多いので、気まずさが生まれるのは珍しいことではありません。その空気にも、それぞれの思いが隠れているのだと思います。
Q10. 「いつか考えよう」と思っているうちに、時間ばかり過ぎてしまいます。
A. 空き家のことは、緊急ではないように見える一方で、ずっと心の端に残り続ける問題です。すぐ今日の生活に直結することではないため、仕事や家庭のことが優先され、気づけば何か月も何年も過ぎてしまうことがあります。でもそれは、いい加減だからではなく、日常を回すだけで精一杯な現実の中にいるからこそ起こることです。後回しにしているというより、向き合うだけの心の余白や時間を持ちにくいまま過ごしている人が多いのではないでしょうか。
Q11. 空き家のことを考えると、自分の老後や将来まで不安になります。
A. 空き家の問題は、目の前の建物の話で終わらず、自分自身のこれからを映す鏡のようになることがあります。親の老いと向き合うなかで、自分もまた年齢を重ねていることを実感したり、家や暮らしをどう受け継いでいくのかを考えたりするため、不安が将来全体へ広がっていくのです。その感覚は決して大げさではなく、暮らしの土台に関わるテーマだからこそ自然に起こるものだと思います。空き家を通して見えてくる不安には、その人の人生そのものへの問いが重なっているのかもしれません。
Q12. 空き家のことを誰かに話すだけでも、少し気持ちは変わるものでしょうか?
A. 空き家の悩みは、長くひとりで抱えているうちに、実際の問題以上に重たく感じられることがあります。頭の中で考えているだけだと、不安や迷いが輪郭のないまま広がってしまい、自分でもどこに引っかかっているのか分からなくなることがあるからです。そうしたときに、状況や気持ちを言葉にしてみるだけでも、心の中で絡まっていたものが少しゆるむことがあります。すぐに答えが出なくても、抱えているものを見える形にしていくこと自体に、静かな意味があるのではないでしょうか。
よければ、続きも読んでみてください







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