愛知から九州まで、鈍行で逃げてみることにした
子どもたちが巣立って、家が急に広く感じるようになった。食卓には妻と二人分の茶碗だけが並び、テレビの音だけが空気を埋めている。会話はほとんどない。「行ってきます」と「おかえりなさい」が、かろうじて夫婦としての接点をつないでいる状態だった。
定年まで、あと数年。子どもがいない家で、この先もずっと今のような空気の中で暮らしていくのかと思うと、胸の奥が重くなる。離婚も頭をよぎるが、感情だけで決めていい話ではないことも分かっている。とにかく一度、家と仕事から物理的に離れたい。それが、最近ずっと頭の片隅にこびりついていた。
子どもたちがいた頃は、リビングにはいつも誰かの声があった。受験の話、部活の話、進路の話、ささいな愚痴。うるさいと思っていたその声がなくなってみると、静けさは想像以上に重たく、時間まで止まってしまったように感じる。テレビのニュースが終わると、部屋の中には時計の針の音だけが響いていた。
同年代の友人と飲みに行けば、孫が生まれた話や、定年後に何をするかという前向きな話題が多い。うなずきながら聞いているふりをしつつ、「自分にはそんな明るい未来のイメージがわかない」と気づいている自分がいた。家に帰れば、玄関の灯りはついているのに、心の中は真っ暗なまま、という感覚が続いていた。
そんなとき、ネットで見かけた「何もしたくない時に逃げ込める古民家」という言葉が、妙に心に引っかかった。場所は九州。愛知から見れば、簡単には行けない距離だ。だからこそ、「鈍行列車だけで九州まで逃げてみる」という案が、急に現実味を帯びてきた。
逃げる、という言葉にはどこか後ろめたさがつきまとう。でも、あのときの自分にとっては「逃げる」ことが「壊れないための手段」に思えた。自分の人生を投げ出したいわけではない。ただ、このまま何もしなければ、夫婦関係も自分自身も、じわじわと崩れてしまう気がした。だから一度、距離を取る必要がある。その距離が、たまたま九州だった。
新幹線じゃなくて、あえて鈍行を選ぶ
新幹線を使えば、あっという間に着いてしまう。でも、今回は「早く着くこと」が目的ではない。むしろ、移動そのものに時間をかけて、自分の頭と心が「家」と「仕事」から離れていくプロセスを味わってみたかった。
時刻表アプリとにらめっこしながら、愛知から西へ向かう在来線のルートを組んだ。何度も乗り継ぎをして、途中の駅で少しずつ息継ぎをしながら進んでいく旅。誰に話すわけでもないが、「鈍行だけで九州まで行く50代の男」という響きに、少しだけ笑ってしまった。
妻には、「鈍行で九州まで行って、古民家の民泊で一週間過ごしてくる」とだけ伝えた。「変わったことするのね」と言われたが、それ以上は何も聞かれなかった。その距離感が寂しくもあり、今の夫婦のリアルでもあった。
鈍行を選んだのは、スピードを落としたかったからだ。新幹線のように一気に景色を飛び越えてしまうと、気持ちが現実に追いつかないまま、あっという間に「非日常」に放り込まれてしまう気がした。各駅停車で少しずつ遠ざかっていけば、その分だけ心も時間をかけて家から離れていける。そんな期待があった。
乗り継ぎの待ち時間に、つい癖でスマホを手に取ってしまう。仕事のメールアプリのアイコンに、新着のマークがついているのが見える。それでも、開かずに画面を閉じる。その小さな行為が、「今だけは自分のために時間を使う」と決めた証拠のように感じられた。
もしこれを読んでいるあなたが、「どこかに逃げたい」と思っているなら、必ずしも九州でなくてもいいと思う。大事なのは、早く着くことより、「ゆっくり離れる」ための時間を自分に許せるかどうかだ。どこか遠くへ向かう車窓をぼんやり眺めながら、今の生活から少し距離を取る。その過程が、思っている以上に心を守ってくれるのかもしれない。
一日目:ただひたすら、乗って降りてを繰り返す
朝早く、愛知を出る。まだ薄暗いホームに立っていると、「本当に行くんだな」という実感がわいてきた。最初の電車に乗り込み、シートに腰を下ろす。車内には、通学の高校生や出勤途中の人たちが乗っている。自分だけが、まったく違う方向に向かっているような不思議な感覚だった。
列車が動き出すと、窓の外の景色がゆっくりと流れていく。住宅街が途切れ、次第に田んぼや畑が増えていく。まだ朝の光を浴びたばかりの山の稜線が、ぼんやりと浮かび上がる。いつもならスマホの画面しか見ていない時間帯に、こんなふうに景色を眺めている自分が、少しだけよそ行きの自分のように思えた。
乗り継ぎの駅で降りて、ぼんやりホームのベンチに座る。売店で缶コーヒーを買って、行き交う人を眺める。スマホを見れば、仕事のメールもSNSもそこにあるけれど、今日はできるだけ見ないと決めた。鈍行のゆっくりした速度が、自分の中の焦りやせかせかした気持ちを、少しずつ剥がしていくように感じた。
地方の小さな駅では、ホームに降りるたびに空気の匂いが変わる。潮の香りが混じっているように感じる場所もあれば、土と草の湿った匂いが強い場所もある。ベンチに座っていると、地元の学生たちの笑い声や、お年寄り同士の何気ない会話が耳に飛び込んでくる。その何でもないやり取りが、妙にまぶしく見えた。
自分は今、どこにも所属していない時間の中にいる。会社の肩書きも、家での立場も、この列車の中では何の意味も持たない。目の前にいるのは、今日もいつもの一日を始めようとしている人たちだけ。その対照が、「自分だけ違う場所へ向かっている」という感覚を、より強くしていた。
夕方には、九州に入る。そこからさらに乗り継ぎをして、最寄り駅に着いたころには、空はすっかり暗くなっていた。駅前にはコンビニと、小さな商店がいくつか灯りをともしているだけで、人影はまばらだ。タクシー乗り場も静かで、空気の冷たさが一段と増したように感じた。
駅からは、オーナーが車で迎えに来てくれた。車内での会話は短い挨拶だけ。それでも、見知らぬ土地の夜道を走っていると、「本当に遠くまで来たんだな」と、少しだけ胸が軽くなった。ヘッドライトに照らされる山の斜面や、ぽつりぽつりと並ぶ民家の明かりを眺めながら、「ここでは、誰も自分のことを知らない」と思った瞬間、深く息が吸えた気がした。
古民家に着いた夜、やっと息ができた気がした
古民家は、想像していた以上に静かだった。平屋の家に足を踏み入れると、畳の匂いと、どこか懐かしい木の感触がする。囲炉裏にはすでに火が入れられていて、その周りに座布団が置かれていた。壁際の棚には、地元の日本酒や焼酎がずらりと並んでいる。
玄関を上がって廊下を歩くと、足元の板がきしむ。その音がなぜか心地よい。新築の家にはない、少しばかりの不便さと古さが、この家の時間の深さを物語っているようだった。障子を開けると、外には小さな庭があり、石灯籠と苔むした石が月明かりに照らされている。遠くからは、かすかに川の流れる音が聞こえた。
オーナーは簡単に設備の説明をして、「あとはご自由にどうぞ。お酒は好きに飲んで構いません」とだけ言った。「その代わり、もし余裕があればでいいので、この場所のことをどこかで紹介してもらえたら嬉しいです」と笑う。宣伝してもしなくてもいい、そのゆるさにホッとした。
キッチンには、最低限の調味料と、地元の野菜がいくつか置かれていた。冷蔵庫を開けると、水やお茶のペットボトル、簡単につまめるお惣菜が並んでいる。ホテルのような豪華さはないが、「ここで暮らすための道具」はひと通り揃っていた。その「過不足のなさ」が、かえって心を落ち着かせてくれた。
その日は、温泉に行く元気もなく、風呂だけ借りて、簡単に湯に浸かった。戻ってきて、棚から一本だけ日本酒を選び、囲炉裏の前に座る。火を眺めながらゆっくりと飲んでいるうちに、「今日は何も考えないで寝よう」と素直に思えた。畳の上に布団を敷き、鈍行の揺れを思い出しながら、そのまま眠りに落ちた。
寝転がって天井を見上げると、太い梁が黒く浮かび上がっている。きっと何十年、場合によってはもっと長い年月、この家は誰かの生活を支えてきたのだろう。その天井を見ていると、自分の50数年の人生が、少しだけコンパクトに感じられた。「この家の時間から見れば、自分の悩みなんて、ほんの一瞬の波なのかもしれない」と思った瞬間、胸の奥につかえていたものが、少し和らいだような気がした。
二日目と三日目は、「何もしないこと」に慣れる時間
翌朝は、目覚ましをかけずに自然に起きた。窓の外からは鳥の声が聞こえる。時計を見ると、いつもなら通勤電車に乗っている時間だ。今日は、その電車に乗らなくていい。その事実だけで、少し肩の力が抜けた。
二日目と三日目は、とにかく何もしないと決めた。近くの温泉に行き、湯船に長く浸かる。帰り道にコンビニで簡単な食料を買い、古民家に戻って囲炉裏の前で食べる。テレビはつけない。スマホも最低限しか触らない。眠くなったら昼寝をし、起きたらまた温泉に行く。
囲炉裏の火は、何もしていなくても、少しずつ形を変えながら燃え続けている。その火をただ眺めているだけで、時間の感覚が曖昧になっていく。外から差し込む光の角度で、ようやく「昼になったのか」「そろそろ夕方かな」と気づく。そのゆるさが、最初は落ち着かないのに、少しずつ心地よさに変わっていった。
最初は、「こんなふうに時間を使っていていいのか」という罪悪感が頭をもたげた。何か生産的なことをしていないと、時間を無駄にしているように感じるクセが、長年の仕事生活の中で染みついているのだろう。スマホでニュースアプリを開きかけて、「別に今知る必要はないか」と閉じる。その小さな選択を、何度も繰り返した。
二日目の午後、縁側に座ってぼんやり外を眺めていると、自分でも驚くほど何も考えていない瞬間があった。仕事のことも、家のことも、将来の不安も、頭からすっぽり抜け落ちている。ただ、目の前の風景が移り変わっていくのを見ているだけ。その数分間の空白が、思っていた以上に贅沢なものに感じられた。
もしあなたがここにいたら、最初の一日はきっと落ち着かないと思う。やることを探してしまったり、スマホを無意識に触ってしまったりするかもしれない。それでも二日目、三日目と過ごすうちに、何もしない時間に身体が慣れてくる瞬間がある。そのとき初めて、「何もしない」という選択が、自分を責めないための休憩なんだと分かる気がした。
四日目、家のことを思い出す
四日目になると、さすがに頭の中に家のことが浮かんでくる。ほとんど会話のない妻のこと。卒業式や入学式で一緒に並んで座っていた頃のこと。子どもたちが巣立つまでは、「家族」という単位でなんとなくまとまっていたのだと、今さらながらに気づく。
囲炉裏の火を見ながら、「いつから妻と話さなくなったのか」を思い返してみる。仕事が忙しくなって、帰りが遅くなっていったこと。子どもの受験や進路の話は、妻に任せきりにしていたこと。自分の居心地の悪さをごまかすために、「まあ、こんなもんだろう」と諦めていたこと。
思い返してみれば、完全に口をきかなくなった日があったわけではない。少しずつ、話題が減っていった。最初は子どもの話が中心で、その次は親の介護の話や、近所の出来事。やがて、そうした話題さえも尽きていき、「お風呂入る?」「ご飯どうする?」といった生活の連絡だけが残った。会話が減っていることに気づきながらも、「そのうちまた戻るだろう」とどこかで甘く考えていた。
ある休日、久しぶりに夫婦で同じ時間に起きたことがあった。テレビをつけっぱなしにして、それぞれ別々のスマホを見て過ごした数時間。何か話そうと思えば話せたはずなのに、きっかけをつかめないまま、一日が終わってしまった。その夜、「この沈黙はいつから続いているんだろう」とふと不安になったが、翌日にはまた仕事に追われ、その不安も棚上げされていった。
オーナーが顔を出して、「温泉どうでしたか」と声をかけてくれた。世間話の流れで、「家、今どんな感じなんですか」とさらりと聞かれる。「ほとんど会話がないんです」と答えると、「そういう時期に来られる方、けっこう多いですよ」と返ってきた。それだけの会話だったが、「自分だけじゃないのか」と思えただけで、少し救われた。
夫婦の会話が減ることは、決して珍しいことではないのかもしれない。それでも、当事者にとっては、とても個人的で、他人には話しにくい問題だ。ここでオーナーに「うちもそうでしたよ」とあっさり言われていたら、逆に受け止めきれなかったかもしれない。淡々と、「そういう時期の人、多いですよ」とだけ伝えてくれた距離感が、自分にはちょうどよかった。
五日目と六日目、自分のこれからをノートに書いてみる
五日目からは、ノートを一冊取り出して、自分のこれからについて書き出してみることにした。大げさな人生計画ではなく、「この一年をどう過ごしたいか」というくらいのラフなものだ。
「定年までは仕事を続ける」「家では、無理に夫婦関係を修復しようとしない代わりに、同居人としての礼儀だけは守る」「離婚のことは、今は棚上げしておく。その代わり、一年後にもう一度ここに来て考える」。そんな文章が、ゆっくりとノートに並んでいった。
書き始めてみると、思っていたよりもペンが進んだ。「健康診断を先延ばしにしない」「月に一度は一人で外に出て、知らない場所を歩く」「お金の不安を少しでも減らすために、家計の見直しをする」。そんな、ささやかな項目が次々と浮かんできた。どれも完璧に守れる自信はないが、「やってみたい」と思えることばかりだった。
夫婦のことについては、「無理に仲良くしようとしない」という一文を書き加えた。その代わり、「ありがとう」と「ごめん」を、言えるときにはきちんと言う。食卓を囲むときは、テレビの音を少し小さくする。それだけでも、今よりは少しマシになるかもしれない。小さな約束を、自分と交わしていくような感覚だった。
一年というスパンを選んだのは、すべてを一気に変える勇気がなかったからだ。今日、明日で答えを出そうとすると、どうしても現実に押しつぶされてしまう。でも「一年後にもう一度ここに来て、もう一回考えたらいい」と思うと、途端に息がしやすくなった。期限を先送りにしているようでいて、自分なりの「見通し」を持てたことが大きかった。
不思議なことに、書いているうちに、心の中のざわざわが少し静かになっていった。答えは出ていない。それでも、「今すぐ決めなくていい。とりあえず一年、この方針でいけばいい」と思えるだけで、肩の力が抜けた。もしあなたが今、将来の不安で頭がいっぱいなら、「この一年だけどう過ごすか」をノートに書いてみるのも、一つの方法かもしれない。
七日目、鈍行で帰ることに意味があると思えた
最終日、チェックアウトの時間が近づく。荷物をまとめながら、囲炉裏を一度だけ見つめる。「また来てもいいですか」とオーナーに聞くと、「もちろんです。鈍行でゆっくり来てください」と笑ってくれた。
帰りも、あえて鈍行列車で帰ることにした。行きと同じように、何度も乗り継ぎをしながら、少しずつ日常に近づいていく。車窓から見える景色を眺めながら、「この距離と時間が、自分にとってちょうどいいクッションになっている」と感じた。
行きに通ったはずの駅なのに、帰りに見ると少し印象が違って見える。あのときは「ここからさらに遠くへ行くための通過点」だった駅が、今は「家へ戻るための通過点」になっている。同じホーム、同じベンチ、同じ売店なのに、自分の心の向きが変わるだけで、景色の意味も変わってしまうことに気づいた。
途中の駅で、行きと同じように缶コーヒーを買ってベンチに座った。手に持った缶の温かさは変わらないのに、胸の中にある感情は少し違っていた。「またあの古民家に来ればいい」という安心感と、「家に戻ったら、まず何をしようか」という現実的な思考が、無理のないバランスで同居していた。
愛知に戻る頃には、家のことも、妻のことも、仕事のことも、相変わらず問題が解決したわけではないと分かっていた。それでも、「どうにもならなくなったら、また鈍行で九州の古民家に逃げればいい」と思えるだけで、心の中に小さな余白が生まれていた。その余白があるかないかで、日常に戻るときのしんどさは、大きく違うのだと思う。
答えは出ない。それでも「逃げ場所」を知っていることが救いになる
この一週間で、離婚するかどうかの答えが出たわけではない。夫婦の関係が急に良くなったわけでもないし、職場のストレスが消えたわけでもない。それでも、大きく違うのは、「自分には、鈍行で帰れる古民家が一つある」と知っていることだった。
家でも会社でもない場所。何者でもない自分でいられる空間。何もしなくていい、と堂々と言える時間。そういう「逃げ場所」を一つでも持っているかどうかで、日常の重さはだいぶ変わる。
逃げ場所は、必ずしも遠くの古民家である必要はないと思う。家から数駅離れたカフェでも、図書館の静かな一角でも、誰も知り合いに会わない銭湯でもいい。そこに行けば、「無理に誰かを演じなくていい」「何も決めなくていい」と思える場所。それが、自分の中のバランスを取り戻す支えになってくれる。
子どもが巣立ち、夫婦の会話が途切れ、定年前の不安を一人で抱え込んでいる50代の男は、決して少なくないと思う。そんな人たちが、いきなり人生の答えを出す前に、「一度、鈍行で遠くの古民家に逃げてみる」という選択肢があってもいい。答えを出さないまま一週間を終えても、そこに意味はある。
大事なのは、「答えが出ない時間」を無駄だと決めつけないことかもしれない。むしろ、答えが出ないまま、ただ自分の気持ちと一緒に座っていられる時間を持てることが、これから先の長い人生を生きていくための練習になる。焦って決断してしまうよりも、「今はまだ決めない」という選択肢を、自分に許してあげてもいい。
私が思い描く古民家民泊は、「何もしなくていい一週間」を全力で用意してくれる場所だ。早く着くことより、ゆっくり離れること。立派な決断より、「とりあえず今はここでいい」と思える場所。それが一つあるだけで、明日をどうにかやり過ごせる大人がいるのなら、その古民家には十分すぎる意味があると思う。
もし今、あなたが家の中で居場所のなさを感じていたり、夫婦の会話の少なさに戸惑っていたりするなら、「逃げてもいい場所」を一つだけ探してみてほしい。遠くでも、近くでも、形は何でも構わない。そこに向かう道があると思えるだけで、日々の重さは少し軽くなるはずだ。そしていつか、あなたにとっての「鈍行で帰れる場所」が見つかることを、心のどこかで願っている。
「子どもが巣立ったあと、50代の男が鈍行で九州に逃げた話」Q&A
Q1. 子どもが巣立ってから、家にいても自分の居場所がないように感じます。主人公のように遠くへ逃げたい気持ちになるのは、甘えでしょうか?
A. 甘えというより、「今の自分では抱えきれない」と身体や心が教えてくれているサインに近いのだと思います。無理に「これくらい耐えなきゃ」とふたをし続けるよりも、「ここまで頑張ってきたからこそ、いったん距離を置きたくなるんだな」と受け止めてあげる方が、長い目で見ると自然な反応にも感じます。
Q2. 記事の主人公のように、パートナーとほとんど会話がないまま何年も過ごしてきました。この静けさを壊すのが怖くて、何も言えません。こんな状態からでも、何か変わることはあるのでしょうか。
A. 長く続いた沈黙の前では、「今さら何を言えばいいんだろう」と固まってしまいますよね。大きな話し合いではなくても、同じ部屋で流れている空気が少しだけ変わる瞬間は、意外とささやかな一言や視線の交わりから生まれることがあります。変化が起きるかどうかよりも、「この静けさの中で固まっている自分の気持ち」を自分自身が少しずつほぐしていく、そのペースを大事にしてもいいのかもしれません。
Q3. 主人公が「離婚を今すぐ決めない」とノートに書いていたのが印象的でした。私も白黒つけられずに苦しいのですが、答えを先送りにするのは逃げでしょうか。
A. 白黒はっきりさせることが「強さ」に見えがちですが、心が追いついていない段階で結論だけ急ぐと、あとから自分を責める材料にもなりやすいですよね。「一年だけ棚上げする」「次に考えるタイミングだけ決めておく」といった先送りは、何も考えない逃避というよりも、自分が壊れないためのクッションのような役割を持つこともあります。今の自分が持てる体力や気力の範囲で、「ここまで考えられたら十分」と線を引いてあげることも、一つの誠実さだと感じます。
Q4. 記事のように「何もしない時間」を過ごすと、罪悪感で落ち着きません。ぼーっとしている自分が情けなく感じてしまいます。どう受け止めればいいでしょうか。
A. 長く働いてきた人ほど、「役に立っていない時間=無駄」と感じやすいですよね。でも、記事の主人公が囲炉裏の火を眺めていただけの時間が、あとからじわじわ効いてきたように、外から見れば「何もしていない」時間が、内側では静かに疲れをほどいていることもあります。「今日は身体と心のブレーキを整えている日なんだ」と、少しだけ意味づけを変えてあげると、同じ何もしない時間が、責める対象から休息へと少し姿を変えていくかもしれません。
Q5. 主人公のように、誰も自分を知らない土地に行ってみたい気持ちはありますが、「そこまでして変わらなかったらどうしよう」と不安になります。それでも行く意味はあるのでしょうか。
A. 人生が劇的に変わる「きっかけ」を期待すると、旅の前から自分にプレッシャーをかけてしまいますよね。この記事の一週間も、離婚の答えも夫婦関係も劇的には変わっていませんが、「どうにもならなくなったら、また鈍行で逃げられる場所がある」と知ったことが、主人公にとっての支えになっていました。何かを変えられなかったとしても、「ここまで来ても大丈夫だった」「こうやって距離を取ることができる」という小さな経験が、日常に戻った自分を少しだけ軽く支えてくれることもあります。
Q6. 子どもが巣立ってから、夫婦というより「同居人」に近い感覚です。それでも一緒に暮らし続ける意味はあるのでしょうか。
A. 「家族らしくしなきゃ」と思うほど、その理想像とのギャップに苦しくなってしまいますよね。記事の主人公も、「無理に夫婦関係を修復しようとしない代わりに、同居人としての礼儀だけは守る」とノートに書いていました。どんな形で隣にいるかは人それぞれですが、「こうでなければ夫婦じゃない」と決めつけず、今の自分たちが保てる距離感の中で、お互いが少しだけ息がしやすくなる形を探していくことにも、一つの意味があるように思います。
Q7. 「逃げ場所」を持つことが大切と書かれていましたが、そんな余裕もお金もなくて、かえって落ち込んでしまいます。そういう場合の心の拠りどころって、どこに見つかるのでしょうか。
A. 遠い古民家や長い旅は、たしかに時間やお金のハードルがありますよね。記事の最後で触れられていたように、家から数駅のカフェや図書館の隅、近所の銭湯や公園など、「誰も自分を知らない」「何者でもなくていい」と感じられる場所でも、十分に逃げ場所になりうると思います。大きな非日常でなくても、「ここにいるときだけは、急いで答えを出さなくていい」と感じられる空間を、自分の中でそっと名前をつけておくことが、心のなかの小さな拠りどころになるのかもしれません。
Q8. 主人公のように「一年だけどう過ごすか」をノートに書いてみたいのですが、うまく言葉が出てきません。何も書けない自分が、余計に情けなく感じてしまいます。
A. いざペンを持つと、「ちゃんと書かなきゃ」「立派な目標を考えなきゃ」と構えてしまいますよね。記事の中のノートも、「健康診断を先延ばしにしない」「月に一度は一人で知らない場所を歩く」といった、ごく日常的でささやかな文から始まっていました。言葉が出てこないときは、「今いちばんしんどいこと」「今いちばんほっとする瞬間」のどちらか一つだけでも書き留めておくと、それ自体が「今ここにいる自分」を確かめる小さな足がかりになってくれることがあります。
Q9. 記事を読んで、主人公の気持ちが自分と重なりすぎてつらくなりました。この先もずっと同じような寂しさを抱えたままなのではないかと不安です。
A. 物語の感情と自分の感情が重なると、「これは自分の未来の姿なんじゃないか」と怖くなることがありますよね。ただ、記事に書かれている一週間は、主人公の人生のごく一部であって、その後の時間までは描かれていません。同じ寂しさを抱え続ける日もあれば、少しだけ軽く感じられる日も、思いがけず誰かと言葉を交わせる瞬間も、この先のどこかにまざっていくはずで、「ずっとこのまま」というイメージだけが唯一の未来ではないのだと思います。
Q10. パートナーが記事の主人公のように「一人でどこかに行ってくる」と言ってきたら、自分が見捨てられるようで怖いです。どう向き合えばいいのでしょうか。
A. 置いていかれるような感覚や不安が湧き上がるのは、とても自然な反応だと思います。記事の中でも、オーナーは「そういう時期に来られる方、けっこう多いですよ」とだけ静かに伝えていましたが、この一言には、「離れて考える時間が必要な人もいる」という前提が含まれているように感じます。もし相手が出かけていくなら、その不安を否定せずに自分の中で抱えつつ、「戻る場所としての自分」「話を聞ける相手」としてそこにいてもいい、というスタンスをゆっくり整えていくことが、二人にとっての支えになるかもしれません。
Q11. 記事を読み終えても、自分のこれからについてやっぱり答えは出ませんでした。こんなふうに迷い続けている自分のままで、これからの人生を生きていけるのか不安です。
A. 答えが出ないままページを閉じると、「何も変わらなかった」とがっかりした気持ちになるかもしれません。ただ、主人公も「答えは出ない。それでも『逃げ場所』を知っていることが救いになる」と書いていて、決断よりも「どうにもならなくなったら立ち寄れる場所が一つある」という感覚そのものが、これからを生きるための支えになっていました。迷いが消えてから歩き出すのではなく、「迷ったままでも、とりあえず今日はここまで進んでみるか」と、その日その日の自分と折り合いをつけていくことが、50代以降の時間の重ね方の一つなのかもしれません。




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