愛知から九州まで、鈍行で逃げてみることにした
子どもたちが巣立って、家が急に広く感じるようになった。食卓には妻と二人分の茶碗だけが並び、テレビの音だけが空気を埋めている。会話はほとんどない。「行ってきます」と「おかえりなさい」が、かろうじて夫婦としての接点をつないでいる状態だった。
定年まで、あと数年。子どもがいない家で、この先もずっと今のような空気の中で暮らしていくのかと思うと、胸の奥が重くなる。離婚も頭をよぎるが、感情だけで決めていい話ではないことも分かっている。とにかく一度、家と仕事から物理的に離れたい。それが、最近ずっと頭の片隅にこびりついていた。
子どもたちがいた頃は、リビングにはいつも誰かの声があった。受験の話、部活の話、進路の話、ささいな愚痴。うるさいと思っていたその声がなくなってみると、静けさは想像以上に重たく、時間まで止まってしまったように感じる。テレビのニュースが終わると、部屋の中には時計の針の音だけが響いていた。
同年代の友人と飲みに行けば、孫が生まれた話や、定年後に何をするかという前向きな話題が多い。うなずきながら聞いているふりをしつつ、「自分にはそんな明るい未来のイメージがわかない」と気づいている自分がいた。家に帰れば、玄関の灯りはついているのに、心の中は真っ暗なまま、という感覚が続いていた。
そんなとき、ネットで見かけた「何もしたくない時に逃げ込める古民家」という言葉が、妙に心に引っかかった。場所は九州。愛知から見れば、簡単には行けない距離だ。だからこそ、「鈍行列車だけで九州まで逃げてみる」という案が、急に現実味を帯びてきた。
逃げる、という言葉にはどこか後ろめたさがつきまとう。でも、あのときの自分にとっては「逃げる」ことが「壊れないための手段」に思えた。自分の人生を投げ出したいわけではない。ただ、このまま何もしなければ、夫婦関係も自分自身も、じわじわと崩れてしまう気がした。だから一度、距離を取る必要がある。その距離が、たまたま九州だった。
新幹線じゃなくて、あえて鈍行を選ぶ
新幹線を使えば、あっという間に着いてしまう。でも、今回は「早く着くこと」が目的ではない。むしろ、移動そのものに時間をかけて、自分の頭と心が「家」と「仕事」から離れていくプロセスを味わってみたかった。
時刻表アプリとにらめっこしながら、愛知から西へ向かう在来線のルートを組んだ。何度も乗り継ぎをして、途中の駅で少しずつ息継ぎをしながら進んでいく旅。誰に話すわけでもないが、「鈍行だけで九州まで行く50代の男」という響きに、少しだけ笑ってしまった。
妻には、「鈍行で九州まで行って、古民家の民泊で一週間過ごしてくる」とだけ伝えた。「変わったことするのね」と言われたが、それ以上は何も聞かれなかった。その距離感が寂しくもあり、今の夫婦のリアルでもあった。
鈍行を選んだのは、スピードを落としたかったからだ。新幹線のように一気に景色を飛び越えてしまうと、気持ちが現実に追いつかないまま、あっという間に「非日常」に放り込まれてしまう気がした。各駅停車で少しずつ遠ざかっていけば、その分だけ心も時間をかけて家から離れていける。そんな期待があった。
乗り継ぎの待ち時間に、つい癖でスマホを手に取ってしまう。仕事のメールアプリのアイコンに、新着のマークがついているのが見える。それでも、開かずに画面を閉じる。その小さな行為が、「今だけは自分のために時間を使う」と決めた証拠のように感じられた。
もしこれを読んでいるあなたが、「どこかに逃げたい」と思っているなら、必ずしも九州でなくてもいいと思う。大事なのは、早く着くことより、「ゆっくり離れる」ための時間を自分に許せるかどうかだ。どこか遠くへ向かう車窓をぼんやり眺めながら、今の生活から少し距離を取る。その過程が、思っている以上に心を守ってくれるのかもしれない。
一日目:ただひたすら、乗って降りてを繰り返す
朝早く、愛知を出る。まだ薄暗いホームに立っていると、「本当に行くんだな」という実感がわいてきた。最初の電車に乗り込み、シートに腰を下ろす。車内には、通学の高校生や出勤途中の人たちが乗っている。自分だけが、まったく違う方向に向かっているような不思議な感覚だった。
列車が動き出すと、窓の外の景色がゆっくりと流れていく。住宅街が途切れ、次第に田んぼや畑が増えていく。まだ朝の光を浴びたばかりの山の稜線が、ぼんやりと浮かび上がる。いつもならスマホの画面しか見ていない時間帯に、こんなふうに景色を眺めている自分が、少しだけよそ行きの自分のように思えた。
乗り継ぎの駅で降りて、ぼんやりホームのベンチに座る。売店で缶コーヒーを買って、行き交う人を眺める。スマホを見れば、仕事のメールもSNSもそこにあるけれど、今日はできるだけ見ないと決めた。鈍行のゆっくりした速度が、自分の中の焦りやせかせかした気持ちを、少しずつ剥がしていくように感じた。
地方の小さな駅では、ホームに降りるたびに空気の匂いが変わる。潮の香りが混じっているように感じる場所もあれば、土と草の湿った匂いが強い場所もある。ベンチに座っていると、地元の学生たちの笑い声や、お年寄り同士の何気ない会話が耳に飛び込んでくる。その何でもないやり取りが、妙にまぶしく見えた。
自分は今、どこにも所属していない時間の中にいる。会社の肩書きも、家での立場も、この列車の中では何の意味も持たない。目の前にいるのは、今日もいつもの一日を始めようとしている人たちだけ。その対照が、「自分だけ違う場所へ向かっている」という感覚を、より強くしていた。
夕方には、九州に入る。そこからさらに乗り継ぎをして、最寄り駅に着いたころには、空はすっかり暗くなっていた。駅前にはコンビニと、小さな商店がいくつか灯りをともしているだけで、人影はまばらだ。タクシー乗り場も静かで、空気の冷たさが一段と増したように感じた。
駅からは、オーナーが車で迎えに来てくれた。車内での会話は短い挨拶だけ。それでも、見知らぬ土地の夜道を走っていると、「本当に遠くまで来たんだな」と、少しだけ胸が軽くなった。ヘッドライトに照らされる山の斜面や、ぽつりぽつりと並ぶ民家の明かりを眺めながら、「ここでは、誰も自分のことを知らない」と思った瞬間、深く息が吸えた気がした。
古民家に着いた夜、やっと息ができた気がした
古民家は、想像していた以上に静かだった。平屋の家に足を踏み入れると、畳の匂いと、どこか懐かしい木の感触がする。囲炉裏にはすでに火が入れられていて、その周りに座布団が置かれていた。壁際の棚には、地元の日本酒や焼酎がずらりと並んでいる。
玄関を上がって廊下を歩くと、足元の板がきしむ。その音がなぜか心地よい。新築の家にはない、少しばかりの不便さと古さが、この家の時間の深さを物語っているようだった。障子を開けると、外には小さな庭があり、石灯籠と苔むした石が月明かりに照らされている。遠くからは、かすかに川の流れる音が聞こえた。
オーナーは簡単に設備の説明をして、「あとはご自由にどうぞ。お酒は好きに飲んで構いません」とだけ言った。「その代わり、もし余裕があればでいいので、この場所のことをどこかで紹介してもらえたら嬉しいです」と笑う。宣伝してもしなくてもいい、そのゆるさにホッとした。
キッチンには、最低限の調味料と、地元の野菜がいくつか置かれていた。冷蔵庫を開けると、水やお茶のペットボトル、簡単につまめるお惣菜が並んでいる。ホテルのような豪華さはないが、「ここで暮らすための道具」はひと通り揃っていた。その「過不足のなさ」が、かえって心を落ち着かせてくれた。
その日は、温泉に行く元気もなく、風呂だけ借りて、簡単に湯に浸かった。戻ってきて、棚から一本だけ日本酒を選び、囲炉裏の前に座る。火を眺めながらゆっくりと飲んでいるうちに、「今日は何も考えないで寝よう」と素直に思えた。畳の上に布団を敷き、鈍行の揺れを思い出しながら、そのまま眠りに落ちた。
寝転がって天井を見上げると、太い梁が黒く浮かび上がっている。きっと何十年、場合によってはもっと長い年月、この家は誰かの生活を支えてきたのだろう。その天井を見ていると、自分の50数年の人生が、少しだけコンパクトに感じられた。「この家の時間から見れば、自分の悩みなんて、ほんの一瞬の波なのかもしれない」と思った瞬間、胸の奥につかえていたものが、少し和らいだような気がした。
二日目と三日目は、「何もしないこと」に慣れる時間
翌朝は、目覚ましをかけずに自然に起きた。窓の外からは鳥の声が聞こえる。時計を見ると、いつもなら通勤電車に乗っている時間だ。今日は、その電車に乗らなくていい。その事実だけで、少し肩の力が抜けた。
二日目と三日目は、とにかく何もしないと決めた。近くの温泉に行き、湯船に長く浸かる。帰り道にコンビニで簡単な食料を買い、古民家に戻って囲炉裏の前で食べる。テレビはつけない。スマホも最低限しか触らない。眠くなったら昼寝をし、起きたらまた温泉に行く。
囲炉裏の火は、何もしていなくても、少しずつ形を変えながら燃え続けている。その火をただ眺めているだけで、時間の感覚が曖昧になっていく。外から差し込む光の角度で、ようやく「昼になったのか」「そろそろ夕方かな」と気づく。そのゆるさが、最初は落ち着かないのに、少しずつ心地よさに変わっていった。
最初は、「こんなふうに時間を使っていていいのか」という罪悪感が頭をもたげた。何か生産的なことをしていないと、時間を無駄にしているように感じるクセが、長年の仕事生活の中で染みついているのだろう。スマホでニュースアプリを開きかけて、「別に今知る必要はないか」と閉じる。その小さな選択を、何度も繰り返した。
二日目の午後、縁側に座ってぼんやり外を眺めていると、自分でも驚くほど何も考えていない瞬間があった。仕事のことも、家のことも、将来の不安も、頭からすっぽり抜け落ちている。ただ、目の前の風景が移り変わっていくのを見ているだけ。その数分間の空白が、思っていた以上に贅沢なものに感じられた。
もしあなたがここにいたら、最初の一日はきっと落ち着かないと思う。やることを探してしまったり、スマホを無意識に触ってしまったりするかもしれない。それでも二日目、三日目と過ごすうちに、何もしない時間に身体が慣れてくる瞬間がある。そのとき初めて、「何もしない」という選択が、自分を責めないための休憩なんだと分かる気がした。
四日目、家のことを思い出す
四日目になると、さすがに頭の中に家のことが浮かんでくる。ほとんど会話のない妻のこと。卒業式や入学式で一緒に並んで座っていた頃のこと。子どもたちが巣立つまでは、「家族」という単位でなんとなくまとまっていたのだと、今さらながらに気づく。
囲炉裏の火を見ながら、「いつから妻と話さなくなったのか」を思い返してみる。仕事が忙しくなって、帰りが遅くなっていったこと。子どもの受験や進路の話は、妻に任せきりにしていたこと。自分の居心地の悪さをごまかすために、「まあ、こんなもんだろう」と諦めていたこと。
思い返してみれば、完全に口をきかなくなった日があったわけではない。少しずつ、話題が減っていった。最初は子どもの話が中心で、その次は親の介護の話や、近所の出来事。やがて、そうした話題さえも尽きていき、「お風呂入る?」「ご飯どうする?」といった生活の連絡だけが残った。会話が減っていることに気づきながらも、「そのうちまた戻るだろう」とどこかで甘く考えていた。
ある休日、久しぶりに夫婦で同じ時間に起きたことがあった。テレビをつけっぱなしにして、それぞれ別々のスマホを見て過ごした数時間。何か話そうと思えば話せたはずなのに、きっかけをつかめないまま、一日が終わってしまった。その夜、「この沈黙はいつから続いているんだろう」とふと不安になったが、翌日にはまた仕事に追われ、その不安も棚上げされていった。
オーナーが顔を出して、「温泉どうでしたか」と声をかけてくれた。世間話の流れで、「家、今どんな感じなんですか」とさらりと聞かれる。「ほとんど会話がないんです」と答えると、「そういう時期に来られる方、けっこう多いですよ」と返ってきた。それだけの会話だったが、「自分だけじゃないのか」と思えただけで、少し救われた。
夫婦の会話が減ることは、決して珍しいことではないのかもしれない。それでも、当事者にとっては、とても個人的で、他人には話しにくい問題だ。ここでオーナーに「うちもそうでしたよ」とあっさり言われていたら、逆に受け止めきれなかったかもしれない。淡々と、「そういう時期の人、多いですよ」とだけ伝えてくれた距離感が、自分にはちょうどよかった。
五日目と六日目、自分のこれからをノートに書いてみる
五日目からは、ノートを一冊取り出して、自分のこれからについて書き出してみることにした。大げさな人生計画ではなく、「この一年をどう過ごしたいか」というくらいのラフなものだ。
「定年までは仕事を続ける」「家では、無理に夫婦関係を修復しようとしない代わりに、同居人としての礼儀だけは守る」「離婚のことは、今は棚上げしておく。その代わり、一年後にもう一度ここに来て考える」。そんな文章が、ゆっくりとノートに並んでいった。
書き始めてみると、思っていたよりもペンが進んだ。「健康診断を先延ばしにしない」「月に一度は一人で外に出て、知らない場所を歩く」「お金の不安を少しでも減らすために、家計の見直しをする」。そんな、ささやかな項目が次々と浮かんできた。どれも完璧に守れる自信はないが、「やってみたい」と思えることばかりだった。
夫婦のことについては、「無理に仲良くしようとしない」という一文を書き加えた。その代わり、「ありがとう」と「ごめん」を、言えるときにはきちんと言う。食卓を囲むときは、テレビの音を少し小さくする。それだけでも、今よりは少しマシになるかもしれない。小さな約束を、自分と交わしていくような感覚だった。
一年というスパンを選んだのは、すべてを一気に変える勇気がなかったからだ。今日、明日で答えを出そうとすると、どうしても現実に押しつぶされてしまう。でも「一年後にもう一度ここに来て、もう一回考えたらいい」と思うと、途端に息がしやすくなった。期限を先送りにしているようでいて、自分なりの「見通し」を持てたことが大きかった。
不思議なことに、書いているうちに、心の中のざわざわが少し静かになっていった。答えは出ていない。それでも、「今すぐ決めなくていい。とりあえず一年、この方針でいけばいい」と思えるだけで、肩の力が抜けた。もしあなたが今、将来の不安で頭がいっぱいなら、「この一年だけどう過ごすか」をノートに書いてみるのも、一つの方法かもしれない。
七日目、鈍行で帰ることに意味があると思えた
最終日、チェックアウトの時間が近づく。荷物をまとめながら、囲炉裏を一度だけ見つめる。「また来てもいいですか」とオーナーに聞くと、「もちろんです。鈍行でゆっくり来てください」と笑ってくれた。
帰りも、あえて鈍行列車で帰ることにした。行きと同じように、何度も乗り継ぎをしながら、少しずつ日常に近づいていく。車窓から見える景色を眺めながら、「この距離と時間が、自分にとってちょうどいいクッションになっている」と感じた。
行きに通ったはずの駅なのに、帰りに見ると少し印象が違って見える。あのときは「ここからさらに遠くへ行くための通過点」だった駅が、今は「家へ戻るための通過点」になっている。同じホーム、同じベンチ、同じ売店なのに、自分の心の向きが変わるだけで、景色の意味も変わってしまうことに気づいた。
途中の駅で、行きと同じように缶コーヒーを買ってベンチに座った。手に持った缶の温かさは変わらないのに、胸の中にある感情は少し違っていた。「またあの古民家に来ればいい」という安心感と、「家に戻ったら、まず何をしようか」という現実的な思考が、無理のないバランスで同居していた。
愛知に戻る頃には、家のことも、妻のことも、仕事のことも、相変わらず問題が解決したわけではないと分かっていた。それでも、「どうにもならなくなったら、また鈍行で九州の古民家に逃げればいい」と思えるだけで、心の中に小さな余白が生まれていた。その余白があるかないかで、日常に戻るときのしんどさは、大きく違うのだと思う。
答えは出ない。それでも「逃げ場所」を知っていることが救いになる
この一週間で、離婚するかどうかの答えが出たわけではない。夫婦の関係が急に良くなったわけでもないし、職場のストレスが消えたわけでもない。それでも、大きく違うのは、「自分には、鈍行で帰れる古民家が一つある」と知っていることだった。
家でも会社でもない場所。何者でもない自分でいられる空間。何もしなくていい、と堂々と言える時間。そういう「逃げ場所」を一つでも持っているかどうかで、日常の重さはだいぶ変わる。
逃げ場所は、必ずしも遠くの古民家である必要はないと思う。家から数駅離れたカフェでも、図書館の静かな一角でも、誰も知り合いに会わない銭湯でもいい。そこに行けば、「無理に誰かを演じなくていい」「何も決めなくていい」と思える場所。それが、自分の中のバランスを取り戻す支えになってくれる。
子どもが巣立ち、夫婦の会話が途切れ、定年前の不安を一人で抱え込んでいる50代の男は、決して少なくないと思う。そんな人たちが、いきなり人生の答えを出す前に、「一度、鈍行で遠くの古民家に逃げてみる」という選択肢があってもいい。答えを出さないまま一週間を終えても、そこに意味はある。
大事なのは、「答えが出ない時間」を無駄だと決めつけないことかもしれない。むしろ、答えが出ないまま、ただ自分の気持ちと一緒に座っていられる時間を持てることが、これから先の長い人生を生きていくための練習になる。焦って決断してしまうよりも、「今はまだ決めない」という選択肢を、自分に許してあげてもいい。
私が思い描く古民家民泊は、「何もしなくていい一週間」を全力で用意してくれる場所だ。早く着くことより、ゆっくり離れること。立派な決断より、「とりあえず今はここでいい」と思える場所。それが一つあるだけで、明日をどうにかやり過ごせる大人がいるのなら、その古民家には十分すぎる意味があると思う。
もし今、あなたが家の中で居場所のなさを感じていたり、夫婦の会話の少なさに戸惑っていたりするなら、「逃げてもいい場所」を一つだけ探してみてほしい。遠くでも、近くでも、形は何でも構わない。そこに向かう道があると思えるだけで、日々の重さは少し軽くなるはずだ。そしていつか、あなたにとっての「鈍行で帰れる場所」が見つかることを、心のどこかで願っている。
よくある質問
Q. 家族に何も言わずに「逃げる」のはアリでしょうか?
A. 完全に黙って家を出るよりも、「少し一人になって頭を整理してくる」「一週間だけ休んでくる」など、ざっくりとでも目的だけ伝える方が現実的だと考えています。あとから必要以上に後ろめたくならずに済み、帰ってきたときに日常へ戻りやすくなることが多いからです。
Q. 逃げた先では、何か生産的なことをした方がいいですか?
A. 最初の数日は、あえて「何もしないこと」を自分に許す時間にしてもかまいません。勉強や仕事を持ち込むより、「何もしない自分でもここにいていい」と感じられるだけで、心の圧力が少し抜けることがあります。
Q. 配偶者との会話がほとんどありません。どうしたらいいでしょうか?
A. いきなり理想の夫婦像を目指さなくても大丈夫です。「ありがとう」と「ごめん」を一言だけ増やしてみる、同じ空間にいる時間を少しだけ意識するなど、小さな習慣から始める方が続きやすく、自分も相手も構えずに済みます。
Q. 旅行に行くお金やまとまった時間がありません。それでも「逃げ場所」は作れますか?
A. 作れます。家から数駅のカフェ、図書館の隅の席、誰にも会わなさそうな銭湯、公園のベンチなど、「何者でもなくてよくて、少しだけ遠くに行ける場所」を、自分なりの逃げ場所として決めておくのも一つの方法です。
Q. 50代になってから、これからの人生を考えるのがこわいです。何から始めればいいでしょう?
A. 「これからの人生ぜんぶ」ではなく、「この一年をどう過ごしたいか」だけを書き出してみるのがおすすめです。一年ごとにゆるく区切ることで、今すぐ大きな決断をしなくてもよくなり、「とりあえず今年はここまで」と自分に言い聞かせやすくなります。
Q. 逃げても何も解決しないなら、意味がない気がしてしまいます。
A. 問題そのものが一気に解決しなくても、「どうにもならなくなったら鈍行でどこかに逃げられる」という選択肢を持てるだけで、日常をやり過ごすための心の余白が生まれます。その余白があるからこそ、壊れずにもう一日をやり切れる、という意味もあると思います。
Q. パートナーが突然、この記事の主人公のように一人旅に出ると言い出したら、どう受け止めればいいですか?
A. 寂しさや不安が出てくるのは自然です。そのうえで、「行っておいで」と一言だけ添える、帰ってきたときに旅の話を一つだけ聞いてみるなど、干渉しすぎない範囲で関心を示すことが、相手にとっても「ここに戻ってきていい」と感じられる支えになることがあります。
Q. 自分のための「逃げ場所」を持つために、今日できる小さな一歩は何ですか?
A. いきなり切符や宿を取らなくてもかまいません。ノートやスマホのメモに、「何もしなくていい候補の場所」を三つだけ書き出しておくと、しんどくなったときに「とりあえずここに行こう」と、自分を連れ出しやすくなります。



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