草・ゴミ・ハチの巣…空き家を放置した結果として後からかかるお金
「とりあえず今はそのまま」のあいだにも、少しずつ積もっていくお金があります。
草や庭木、家の中の片付け、ハチの巣や害虫のトラブル、近隣からの苦情対応…。
この回では、「空き家をとりあえず放置した結果として後からかかりやすいお金」を、ざっくり整理してみます。
このシリーズ「空き家と、お金の話」では、空き家を持ち続けるときに出ていくお金や現実的なコストのことを、 「自分の頭を整理するメモ」のようなつもりでまとめています。
「今すぐ決める」のではなく、 「まずはお金の流れを見えるようにしておく」。そんなスタンスで、少しずつ整理していきます。
草や庭木を「後からまとめて」片付けるときのお金
「とりあえず、今はそのまま置いておこう。」
実家や空き家について、そう決めたつもりでも、忙しい日々の中で、気がつけば何年もまとまった片付けや手入れができていない。そんな状況になっている方も、少なくないのではないかと思います。
そのあいだにも、家や庭は少しずつ変化していきます。雑草が伸び、庭木が道にはみ出し、郵便物やチラシが溜まり、ハチや害獣が住みついてしまうこともあります。
まず分かりやすいのは、庭の草や庭木の問題です。
春から夏にかけて、誰も住んでいない家の庭は、思っている以上のスピードで草木が伸びていきます。自分で手入れをする余裕がないまま数年が過ぎると、「どこから手をつければいいのか分からない」という状態になりがちです。
このとき、まとめて業者さんに草刈りや剪定をお願いすると、庭の広さや状態にもよりますが、 30坪前後の庭で2万〜3万円程度、広さや作業量によっては、1回で数万円台半ばになるケースもあります。
雑草が腰の高さまで伸びていたり、庭木が道路や隣地の敷地にはみ出している場合、草刈りだけでなく枝の伐採や処分も必要になるため、「作業費+処分費」でさらに費用がかさむこともあります。
毎年こまめに草むしりをしていれば、ほとんどお金をかけずに済んだかもしれないところが、「数年放置した結果として、一度に数万円」という形で出ていく。これもひとつの「放置コスト」と言えそうです。
家の中の「片付け」をまとめて頼むときのお金
次に、家の中の片付けや、不用品の処分にかかるお金です。
親御さんの暮らしの名残がそのまま残っている家では、タンスや食器棚、布団、家電など、「一度に自分たちだけでは運び出せない量」の荷物が残っていることが多くあります。
こうした家財の片付けを、専門の業者さんにまとめて依頼すると、間取りや荷物の量にもよりますが、 ワンルーム〜1DK程度でも数万円〜十数万円、2DKや3DKクラスになると10万円〜数十万円規模 になることもあります。
少しずつ自分たちで片付けることもできるかもしれませんが、遠方に住んでいたり、介護や仕事の都合が重なっていると、「いつかやろう」と思いながら先延ばしになってしまいがちです。
結果として、「売る・貸す・解体する」など何かを決めるタイミングになってから、まとめて業者さんに依頼することになり、その時点でまとまったお金が必要になる。
これも、「今はお金がかかっていないように見えて、後からどんと出ていくお金」のひとつです。
ハチの巣や害虫・害獣の駆除にかかるお金
空き家の「放置コスト」で見落としやすいのが、ハチの巣や害虫・害獣の問題です。
人の出入りが少ない空き家は、ハチにとって巣を作りやすい環境になりやすく、軒先や庭木、ベランダの下などに、いつの間にか巣が作られていることがあります。
ハチの巣の駆除を業者さんに頼むと、ハチの種類や巣の大きさ、場所にもよりますが、 一般的には1回あたり1万円台〜数万円程度、スズメバチの大きな巣などでは2万〜5万円前後 になることもあります。
また、長く誰も入っていない家の床下や屋根裏に、シロアリやハクビシン、アライグマなどが入り込むこともあります。これらの害虫・害獣の駆除や防除を専門業者に依頼する場合、被害の程度によっては数万円〜数十万円の出費になることもあります。
これらは、「必ずかかる」お金ではありませんが、放置している期間が長くなるほど、こうしたトラブルに遭遇する可能性はどうしても高くなっていきます。
近隣からの苦情や行政からの指導がきっかけで動くときのお金
もうひとつ、心の負担も含めて無視できないのが、近隣との関係や行政からの指導にまつわるお金です。
空き家を長く放置していると、
- 草木が道路や隣地にはみ出して通行の妨げになっている
- ゴミや不要物が溜まり、悪臭や害虫の原因になっている
- 見た目にも「空き家」と分かる状態が続き、防犯上の不安を与えている
といった理由から、近隣の方から自治体に相談が入ることがあります。
自治体から所有者宛てに「草木の伐採やごみの片付けをお願いします」という通知が届き、それをきっかけに慌てて業者さんを探す、という流れになることも少なくありません。
この場合も、やること自体は先ほどの「草刈り」「片付け」ですが、「急いでやらなければならない」「遠方からスケジュールを合わせて対応しなければならない」という条件が重なり、結果的に、自分たちの時間や交通費も含めて、負担が大きくなりやすい部分です。
さらに深刻なケースでは、建物の一部が落下して通行人や隣家に被害を与えてしまったり、庭木や雑草が原因で隣地の庭が荒れてしまうなど、損害賠償の話に発展する可能性もあります。
そこまで行かなくても、「苦情が来るかもしれない」という不安を抱えながら過ごすこと自体が、心のどこかにずっと負担として残ってしまうこともあると思います。
「今はお金がかかっていないように見える」状態の裏側
ここまで見てきたような費用は、固定資産税のように「毎年必ず決まった額が出ていくお金」とは違います。
- 草刈りや庭木の手入れは、「お願いした年だけ」
- 片付けや不用品処分は、「家を動かすタイミングで一度だけ」
- ハチの巣や害獣の駆除は、「発生してしまった年だけ」
というように、「その年の運やタイミングによって、かかる年とかからない年があるお金」です。
そのぶん、「今はお金がかかっていないから、大丈夫」と感じやすいのですが、裏を返すと、「いつ、どのタイミングで、まとまったお金が必要になるか分からない」という不安定さも抱えています。
草刈り・片付け・ハチの巣駆除・害獣対策などが重なると、
1回のタイミングで数万円〜場合によっては10万円単位の出費になることも。
「毎年の固定費」ではないぶん、気づかないうちに先送りされて、
ある日まとめて請求書の形で現れるお金と言えるかもしれません。
そのうえで、「どこまでなら、今のうちに手を打てるか」を考えてみる
ここまでの話を読むと、「じゃあ全部、今のうちに片付けておいたほうがいいのでは」と感じるかもしれません。
ただ、現実には、
- 自分も仕事や家族のことで手一杯
- 実家が遠方にあり、頻繁には通えない
- 片付けにかけられる時間もお金も、そう多くはない
という状況の中で、「全部を一気に片付ける」のは難しいことほとんどだと思います。
だからこそ、
- 「今はそのままにしておく部分」
- 「今のうちに、最低限ここだけは手を打っておきたい部分」
を、いったん分けて考えてみることが大切になってきます。
たとえば、
- 道路や隣地にはみ出している庭木だけは、この春〜夏のあいだに一度整えておく
- 家の中の片付けは、今年はキッチンと一部屋まで、と決めて進める
- ハチの巣や害虫が出ていないかだけは、年に1回誰かに見てもらう
といった具合に、「全部」ではなく「ここまでならできそう」というラインを探していくイメージです。
もし、自分たちだけで定期的に見に行くのが難しい場合は、ここでも具体的なサービス名は出しませんが、「月に1回程度、誰かに様子を見てもらい、写真と報告を送ってもらう」という形で、草やゴミ、ハチの巣などの「兆し」を早めに見つけてもらう方法もあります。
「放置コスト」を一度書き出してみる
紙とペンで「放置コスト」を見えるようにする
どこかで一度、落ち着いた時間を取って、
- この数年、草刈りや剪定にいくらぐらい使ってきたか
- 家の中の片付けや不用品処分に、これからどれくらいかかりそうか
- ハチの巣や害虫の駆除など、「もし起きたときの臨時出費」をどれくらい見込んでおきたいか
といった、「放っておいた結果として後からかかるお金」を、ざっくりでいいので書き出してみる。
そのうえで、その金額が「自分にとって許容できる範囲なのか」「できればもう少し抑えたいのか」を眺めてみることで、この家にどこまで手をかけていきたいかが、少しずつ見えてくるかもしれません。
空き家と「放置コスト」Q&A:今のままとこれからを考えるために
A. 時間がたつほど草木は伸びていきますが、「手遅れ」かどうかは、その家との付き合い方によって変わってきます。何年か放置してしまったからといって、すべてが終わってしまうわけではありません。むしろ、「これだけ伸びてしまった」と一度受け止めることで、自分の中で何かが決まっていくこともあります。今の状態を否定するよりも、「ここからどう付き合っていくか」を考えるきっかけとして眺めてみると、少しだけ気持ちが楽になることもあります。
A. 「自分が悪い」と責めたくなる気持ちは、とても自然なものだと思います。けれど、多くの方が仕事や家族の事情を抱えながら暮らしていて、「分かってはいるけれど、手が回らなかった」という現実があります。空き家のことだけに、いつも十分な時間とお金を割ける人のほうが少数派かもしれません。今までの数年間を「失敗」と見るのではなく、そのあいだを何とか乗り切ってきた自分をねぎらいながら、これからの数年をどうしていきたいかを、静かに眺めてみることにも意味があります。
A. 起きるかどうか分からない出来事に、どこまで心を割くかは、とても悩ましいところです。ハチの巣や害獣の問題は、「必ず起きるもの」ではない一方で、起きたときの負担が大きくなりがちです。だからこそ、「ゼロにしよう」と力むよりも、「もし起きたとき、自分はどれくらいまでなら受け止められそうか」と、心の中でおおよその範囲を決めておくことにも意味があります。備えというと構えてしまいますが、「こうなったら、このくらいは覚悟しておこう」と、自分なりのラインをそっと引いておくイメージに近いかもしれません。
A. 家をお金の面から見ることに、後ろめたさを覚える方は少なくありません。親御さんとの思い出や感情が詰まっているからこそ、「損得で考えてはいけないような気がする」のだと思います。ただ一方で、維持にかかるお金や時間は、今を生きる自分の生活にも直結していきます。「親を大切に思う気持ち」と「自分や家族の暮らしを守りたい気持ち」、どちらも本物で、どちらも大切な感情です。どちらか一方を否定するのではなく、その両方を抱えたまま、少しずつ折り合いを探していく過程に、むしろ親御さんとのつながりがにじむこともあるのではないでしょうか。
A. 「いつか苦情が来るかもしれない」と感じながら暮らすのは、それだけで大きな心の負担になります。実際に何かが起きていなくても、頭の片隅にいつもその心配があると、ほっとする時間が削られてしまいますよね。ただ、苦情は「人として責められている」のではなく、「状況として困っている」というサインであることも少なくありません。そのとき、完璧な対応ができなかったとしても、「気にかけている」という姿勢自体が、相手の受け止め方を変えてくれることもあります。自分を責める材料にするのではなく、「同じ地域で暮らす人たちとの対話の一場面」として捉え直してみると、少しだけ心の置きどころが変わるかもしれません。
A. 「どこから手をつければいいか分からない」と感じるほど、荷物や手続きが積み重なっているのだと思います。そんな中で、「考えること」自体がつらくなり、つい頭から追い出したくなるのも自然な反応です。それでも、一度立ち止まって「今の状態」を言葉にしたり、紙に書き出してみたりすると、自分でも気づいていなかった優先順位が見えてくることがあります。今すぐ行動につなげなくても、「見えるようにする」こと自体が、心の中のごちゃごちゃを少しだけほどいてくれることがあります。考えることは、自分を追い詰めるためではなく、自分を楽にしていくための時間でもあるのだと思います。
A. 「放置」という言葉には、どこかネガティブな響きがありますよね。そこに「コスト」という言葉が続くと、「きちんとできていない自分」を突きつけられたように感じてしまうこともあります。ただここで言いたいのは、誰かを責めることではなく、「見えにくいお金も、一度テーブルの上に出してみよう」という提案に近いものです。目に見えないまま心の片隅で不安としてくすぶるより、「だいたいこれくらいかな」と輪郭を描いてみるほうが、かえって気持ちが落ち着くこともあります。「放置コスト」という言葉も、そのための小さな道具のひとつとして、距離をとりながら使ってみてもいいのかもしれません。
A. 性質の違うお金が頭の中で混ざってしまうと、「結局、この家にいくらかかっているのか」が分からなくなりますよね。そんなときは、厳密な家計簿のように管理しようとしなくても、「毎年だいたい決まってかかるもの」と「いつ出ていくか読みにくいもの」を、まずは別の箱として思い浮かべてみるところからでも十分です。「毎年の箱」と「たまにの箱」にざっくり分けるだけでも、「ここは自分でコントロールしやすい部分」「ここは予備的に見ておきたい部分」と、少しずつ輪郭が変わっていきます。完璧な数字を出そうとする必要はなく、「今の自分が把握できる範囲」を少しだけ広げていく感覚で、ゆっくり眺めてみるのもひとつの方法です。
A. 空き家にどこまで手をかけるかは、人によって答えが大きく変わる部分です。家への思い入れ、家計の状況、家族構成、将来ここをどうしたいか――いくつもの要素がゆるやかに絡み合っているからです。多くの方は、「完璧な基準」が最初からあるわけではなく、気持ちや状況が変わるたびに、その都度の「ちょうどよさ」を探り直しているように見えます。だからこそ、「いまの自分にとって無理のない範囲」を、その時点ごとに決めていくようなイメージで付き合っていけると、少し呼吸がしやすくなるかもしれません。
A. 離れた場所に空き家があると、「見に行けていない時間」そのものが気がかりになります。行けない理由がしっかりあるほど、「本当は行くべきなのに」という思いとのギャップがつらく感じられることもあるかもしれません。その距離感を、すぐに理想の形に変えるのはむずかしくても、「いまの暮らし」と「その家」とのあいだに、自分なりのリズムを見つけていくことはできます。たとえば、「何カ月に一度くらい、状態を思い出してみる」「どこかで一度、紙の上に状況を書き出してみる」といった小さな関わり方も、その家とのつながりを保つひとつの形です。離れているからこそ見えるものも、きっとあるはずです。
A. 金額をきちんと出そうとすると、領収書や明細を探さないといけない気がして、気が重くなってしまいますよね。ただ、「放置コスト」を書き出す目的は、完璧な数字を作ることではなく、「何にどれくらい心とお金を使ってきたか」を、自分なりに振り返ることにあります。たとえば、「草刈りはここ数年でだいたいこのくらい」「片付けにはこのくらいかかりそう」と、幅をもたせた数字でも、十分手がかりになります。曖昧さを残したままでも、「なんとなくの全体像」が見えるだけで、頭の中のモヤモヤが少しだけ形を持ってくれることがあります。
A. 「今はそのままにしておく」という選択は、何もしていないのではなく、「いまの自分の状況の中で選べるもの」を選んでいる、という面もあります。仕事や家族、健康のことなど、今向き合わざるを得ない現実は、誰にでもあります。その中で、「この数年はこうしておく」という決め方をすることも、ひとつの生き方です。後ろめたさが湧いてきたときは、「この選び方しかできなかった自分」を責めるのではなく、「それでも続けてきた日々」も同時に見つめてみると、少しだけ違う景色が見えてくるかもしれません。そのうえで、また心や状況に変化があったときに、改めてこの家との距離を考え直していければ十分だと思います。


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